「ハート・ロッカー」が「アバター」を破った。これは、興行収入1200万ドルの小品ダビデが、史上初の7億ドルムービーたるゴリアテに勝ったという単純なサクセスストーリーでは片付けられない、あえて大げさに言うならアカデミー賞の存亡に関わる象徴的な事実が隠されている。
アカデミー協会からすると、「ハート・ロッカー」の受賞は決して望ましいものではなかったはずだ。協会は今年、作品賞のノミネート枠を10本に拡大するという大胆な改革に打って出た。授賞式の視聴率アップを目的としたこの措置は、裏を返せば映画ファンのアカデミー賞離れが深刻化していることの証だ。近年のアカデミー賞は玄人好みするクオリティムービーを高く評価する傾向にある。かつてのアカデミー賞はある程度の娯楽性、大衆性を兼ね備えていることが受賞の条件だった。一昔前なら批評家受けする作品は「アカデミー賞向きじゃないね」と一蹴されたものだ。ところが今はアカデミー賞が完全に批評家賞化しており、一般の映画ファンからすると、ミシュランがお高く止まったおフランス料理店にしか星をつけないような印象を与えてしまっている。
本当にいい映画を評価する今のアカデミー賞の性格に異議を唱える気は毛頭ないが、たまには地元のラーメン屋が三ツ星評価を受けるくらいの懐の深さがなくては、映画界最大の"お祭り"としてあまりに面白みがないじゃないかと内心思う。批評家が呆れた「タイタニック」が受賞しちゃったよ、何だかね。でもこれがアカデミー賞だから。そんな会話が今では懐かしい。あの時代のアカデミー賞はいろいろな要素、事情が絡み合って、時に驚くような受賞者を輩出してきた。それもまたアカデミー賞の味であり、愛される理由でもあった。正直なところ、あまりに真面目な近年のアカデミー賞は、古くからのファンにはちょっとつまらなく物足りない気がしてしまう。
そういう意味で、今年「アバター」という作品が生まれてくれたことは、協会にとって、そして古き良きアカデミー賞を愛するオールドファンにとっては、この上なく好都合だった。大衆性を身に付け、クオリティも高く、メッセージ性もある。しかも映画ファンなら誰もが観ている大ヒットムービーだ。アカデミー賞がかつての姿を取り戻すきっかけとして、これ以上ない投票対象だった。「アバター」はアカデミー賞をかつての姿に戻す橋渡し的な存在になれる作品だったのだ。
一方で、「ハート・ロッカー」の受賞にもまた大きな意義がある。1200万ドルしか稼げない興行的に難しいこの映画は、アカデミー賞受賞効果で何千万ドルもの興収を上積みできるだろう。アカデミー賞がこうした"弱者"の味方として機能しているのもまた事実なのだ。
どちらが健全かと問われれば、今のほうがよっぽど健全だと答えるべきだろう。だが、アカデミー賞が今後より批評家賞化の道を辿るなら、そもそもアカデミー賞がもたらす経済効果も次第に薄れていくだろう。映画ファンに対する影響力が失われること、これこそがまさにアカデミー協会が本当に憂慮していることなのだ。影響力の欠如は、授賞式の視聴率ダウンが如実に物語っている。であれば、協会がなすべきは影響力の回復=授賞式の視聴率アップ(こうした見方をすれば、協会が目先のスポンサー収益のためだけに大掛かりな改革を行ったわけではないと解釈できる)。昨年、授賞式をかつてないほど魅力的なものにリニューアルし、わずかながら視聴率アップに成功したものの、根本的な解決には至っていないと判断したのも、目的が単に視聴率アップだけではなかったからだろう。
ノミネート枠が10に拡大されたことで大ヒットムービーが5本も候補入りし、協会の狙いは半分達成された。しかし、「ハート・ロッカー」が作品賞含む6部門を独占してブロックバスター映画たちをなぎ倒したことで、批評家賞化の傾向はより顕著に表面化してしまった。こうした結果が出た以上、しばらくこの流れは止まらないだろう。来年は下手をすれば10本の作品賞候補のうち7,8本が独立系の小品で占められることになるかもしれない。もしそうなったら、映画ファンのアカデミー賞離れは一層進むだろう。たとえビリー・クリスタルがホストに復帰しても、ヒュー・ジャックマンが華麗に歌い踊っても、授賞式の視聴率はもう取り戻せないかもしれない。アカデミー賞の将来を思うと、来年は「タイタニック」の再来がないものかと願ってやまない。
残念ながら日本の種々のマスコミのコメントは時局性を伝えていない。
なぜ「ハート・ロッカー」でなければならないのか。
今、イラクでは撤退へ向けて、オバマの頭が痛いagendaが海外のニュースを賑わせている。これはモバイルでも3大ネットワークのニュース動画をチェックできるので、もっと今の時局を認識すべきでしょう。
授賞式の最初、S.マーティンとA.ボールドウィンの軽妙なやりとりにも、ノミニー監督元夫妻が、爆弾を贈ったら、お返しにトヨタの車をプレゼントしたよ、と言った辛らつなジョークに満席の会場はどっと沸いたのだった。
昨年は「おくりびと」と短編アニメで日本人が受賞したのに、今やすっかり日本たたきに変貌していて、今後が懸念される。
また、ドキュメンタリーの「ザ・コーヴ」受賞も、シーシェパードへの日本の対応など反感を買っていることを連想したのは私だけだったか。
また、カントリー・ミュージックが大変隆盛なアメリカと比べ、日本では60年代の隆盛が嘘のように殆ど入っていない。T・ボーン・バーネットの卓越したカントリー・ミュージックのお蔭でJ・ブリッジスが受賞できたのに、これも日本での認識度は低い。一体、日本では公開するのか。日本の文化土壌はますます乖離しているのだ。
日本のマスメディアが、もっと成熟する必要性を今回の授賞式ほど思ったことはなかったのである。
投稿者: 白ネコ | 2010年3月 9日 18:06